第三夜。
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粟田がなけなしのカシコ要素を振り絞って頑張る
「夏の鈴薪祭り」。
第三夜でごさいます~。
今回で終わりです。
タイトル「第三夜。」ですが
「夢十夜」みたいな感じで続きものではなく一群ということです。
大バチ当たり粟田(-_-;)。
お目汚しでしかないですがよろしくお願いいたします<(;_ _)>
【 第三夜。 】
-ほととぎすなくや五月のあやめ草あやめも知らぬ恋もするかな
新古今集 詠み人知らず―
ほととぎすが鳴く。そんな皐月に咲くあやめの花ではないけれど
あやめも分からなくなるような恋をするとはー。
「薪、ここの画ちょっと見てみろ。」
「・・・・・。」
鈴木に促されてモニターを見つめる彼の視線が一点に絞られ
次第に鋭い光を増していく。
もしも薪が断罪の天使だったら誰一人その罪を免れる者はいないだろうと
ふと空想してしまう。
「ああ、このガイシャの服の生地、一課が入手したものと同じだ。
間違いなく物証になる。」
「よし、立件できるな。」
喋らない食べない眠らないーそんな薪が「倒れます」モードに入る前に
今回は目途が立ってよかった、と鈴木は思う。
まだMRI捜査が導入されたばかり。
研究機関でしかない第九は世論や保守の反対派・人権擁護団体に批判を
受けながらやっと始動し始めたところだ。
しかし自分たちの実績で認められれば日本の犯罪捜査も大きく
躍進できるだろう。
今は凶悪犯罪のような特殊ケースに限定される第九の捜査が
一般的になれば当然犯罪者もMRI捜査を見越した手口を考えてくる
ようになるだろう。そうなれば・・・
「鈴木?」
「・・・ああ、すまない。考え事をしていた。
おまえの推理に沿ったこれまでの捜査通りでもうほぼ報告書は出来ているから
少し補足するだけで大筋の変更はない。
期限までには間に合うし・・・今日はもう帰って休め。」
モニタールームには二人きり。
他の捜査と並行していたので他の部下は
先に退所させていた。
最近の薪は以前からは想像もできないほどスムーズに
室長として部下と接し朗らかな笑顔を見せることが多くなった。
鈴木はそんな薪を見守りながら喜ばしく思いつつも
どこか淋しい気持ちがするのを感じていた。
しかしそんな思いはあえて深く考えずにいたけれど。
「・・・・・。」
まだモニターを見ていた薪がいつの間にか窓の方を見つめている。
「どうした?薪?」
「・・・聞こえなかったか?」
「え?」
「今、鳥の声がー。」
「鳥?」
「ああ、聞こえた気がして。」
考え事をしていた鈴木は気づかなかった。耳を澄ますがもう何も聞こえない。
「ほととぎす・・・。」
思いつくままに鈴木はぽつりとつぶやいていた。
「え?」
「夏の今の時期、夜鳴くのはほととぎすというが・・・。」
「そうか・・・。」
そう言ってうつむいた薪から出てきたのは意外な言葉だった。
「托卵する鳥だな。」
どんな女でも敵わないような薪のつややかで美しい唇の端にかすかに笑みが浮かぶ。
その中にある自嘲を見逃す鈴木ではない。
「薪ー。」
「ほととぎすは托卵をする。郭公と同じだ。
夜にも鳴くせいか冥界を行き来する鳥だとも言われているー。」
もう薪は窓からモニターに目を戻していた。
「薪!」
ずいっと無理矢理、薪とモニターの間に頭で割り込んだ。
身長差もあるから薪に覆いかぶさるような姿勢になった。
琥珀色の薪の瞳をしっかり見て言う。
「おまえは鳥じゃないだろう?」
「・・・・。」
「托卵して生きる生き物の本能をオレ達は断罪なんて出来ない。
それは誰にも裁けるものじゃないだろう。
それに、おまえは鳥じゃない。
今は上司でもおまえはオレの大事な友人でご両親にとっても大切な息子だよ。」
そのまま、またうつむく薪の薄い肩を両手でつかもうとしたら
薪は猫のようにしなやかにするっと腕の間をすり抜けて立ち上がった。
こちらを見つめる一対の美しい瞳はもう穏やかだった。
「そうだなー。おまえの言う通り・・・帰って休むよ。」
「・・・ああ、帰ろう。」
モニターをオフにして身支度するー。
淡々と支度する薪はいつもと変わらず無表情に近く
あの時のように泣きだしたりしない。
もう俺が抱きしめる必要も無いのだろう。
ひとり暮らしのマンションに帰って照明もつけずベッドに疲れた体を
投げ出したら薪の澄んだ声が頭の中で響いた。
-冥界を行き来する鳥だとも言われている。
不思議と可笑しみが込み上げてクスッと笑った。
まるで俺達じゃないか。
しかし・・・鳥なら視たものを人には伝えないから罪は無いのかもしれない。
MRI捜査を批判する急先鋒の宗教団体からは神の領域を冒す不遜の輩とか
反対に死神とまで言われた。
確かにやっていることは死者のプライバシーを侵害し神の領域を冒す行為なのかもしれない。
でも、それでも俺達の仕事が死んだ人達だけでなく生きている人の何かの
救いになれば...。
そんなことを考えながら眠ったせいか夢を見た。
夢のなかでこれは夢だと分かっている不思議な夢だ。
激しい雨のなか地面に両膝をついて天を仰ぎ周囲の目も気にせず
雨よりも激しく泣く喪服の薪ー。それは俺の葬式だと分かっていた。
分かっていても動揺はない。それよりも泣く薪が-
本当にひとりぼっちになってしまった薪が心配ではらはらした。
そのまま地面に突っ伏して雨に打たれる薪ー。
『薪!』
必死で呼びかけようとしているのに声が出ないー。
やっと絞り出せたかすれた声さえも雨の音に掻き消されるようだった。
夢によくあるように脈絡なく映像が変わる。
薪が厳しい顔で
「ついて来るな!」と
後ろのヒゲの男を置き去りにして歩き去る後ろ姿が見えたー。
その男はためらいがちに薪のほうに手を伸ばして・・・やがてその手は
力なく下におろされた。
こんな薪を一人にしてはいけない。・・・本心じゃないだろう?
声を出そうとあがいているとまた違う場面が見えた。
外務省の長い廊下で
「ついてくるな 先に帰ってろ!!」と怒鳴る薪。
怒鳴られた背の高い男は戸惑いながら、でも
たじろがずに一直線に薪を追いかけて走っていくー。
あれは・・・
「鈴木。」
薪に呼ばれてはっとした。ダメだな、俺らしくもない。
夕べ見た夢を思いだそうとしてぼうっとするなんて。
夢のなかで薪が泣いていたような気がして気になって仕方なくて。
「どうした鈴木?」
心配そうに綺麗な眉を寄せて俺を見上げる薪。
「やっぱり、おまえ疲れているんじゃないか?報告書も提出したし
もう今日は先に帰っても大丈夫だ。」
「・・・・。」
「鈴木?」
どしゃぶりの雨のなか、人の乗ったタクシーの窓を開けさせて
車内と俺をずぶ濡れにさせても
指摘されるまで気づかず、自分の事しか考えていなかった薪が
体調を気遣ってくれるようになるなんて・・・
「何がおかしい?」
見た夢は思い出せなかったが
出逢ったばかりの頃のことを思い出して笑う俺を薪はきょとんと不思議そうに見る。
こういう表情は変わらないな。
陶器のように白くきめ細やかな肌。
長い睫毛に縁取られた澄んだ琥珀色の瞳。うちかかるさらさらの髪もそのままに
じっとこちらを覗き込んでくる。
その瞳を見ていると華奢な背に羽が無いのが不思議になるほど。
たしかにこの世の者ではないのかもしれない。
薪、おまえだけは-。
「何でもないよ。」
薪の柔らかい頬にそっと触れて鈴木は微笑んだ。
(了)
*** あとがき ***
カシコ要素はどこに(・_・;)?
粟田も分からないのでお暇な方は
お探しください。(←見つからない危険大なのでスルーして下さい。)
鈴木さんは絶対薪さんが好きだったと
にゃん様はおっしゃるので結構甘くなりました。
粟田のなかでですが(;´▽`A``
鈴木さんのセリフは一部「BANANA FISH」からパ・・・オマージュ
させてもらってます…。